昭和44年02月15日 朝の御理解



 御理解第90節
 「上から下へ水を流すのはみやすいが、下から上へ流すのはむつかしい。道を開くというても、匹夫の俗人から開くのじゃから、ものがむつかしゅうて暇がいる。神のおかげで開かせてもらうのぞ。たとえ一時はむつかしいことがあっても、辛抱してゆくうちには徳が受けられる。」

 今日はここの、一番初めのところね、上から下へ水を流すのは見やすいが、下から上へ流すのは難しいとこう。どういう事だろうかという事を一つ検討してみたいと思う。確かに上から下へ水を流すのは見やすい。これもう誰でも出来る、ね。けれども下から、ね、下から上へ水を流すという事は、これは大変に難しい。難しいと言うて、これはもう不可能です、ね、だいたいは。
 下から上に水を流すという事が出来ようはずがない。だから道を開くという事は、そのように難しいもんだ。とにかく、本当の、これはおかげの道を開くと言うかね。おかげの道を開くという事は、だからそのように難しい事だ。下から上へ水を流すように難しい、ね。お互いがその、ひっぷの凡人から開くのじゃから、ものが難しゅうて暇がいる。神のおかげで開かせてもらうのぞと、ね。
 ですから神のおかげで開かせてもらうのぞ、例え一時は難しい事があっても、辛抱していく内には徳が受けられるというとこです。ですから、これは普通では出来る事じゃないのだけれども、辛抱して行く内に徳が受けられる、ね。その徳を受けなければ、徳を受けなければ下から上へ水を流すといったような事は、まあ不可能だと。上から下へ水を流すと、または下から上へ水を流すという事は、どういうような事かと。
 まあ、少しずつはこう流れて来たなあと、こう自分で分からせて頂けれる方法がないと、何時まで辛抱しとっても、何時までもやはり水は、道は開けない。辛抱して行く内にと仰るから、まあ信心を続けておりゃ何時の間にか開けるじゃろうといったようなものでなくて、その辛抱も、お徳が受けられるような辛抱でなからなければいけない事が分かる。ね、ただ辛抱しとります、何十年信心しよりますと言うだけではいけない。
 一番最後に、徳が受けられると仰る。徳が受けられるような良い信心辛抱でなからなければならないという事が分かる。ね、ほんなら、徳が受けられるような信心辛抱とは、どういうような事であろうかと。自分にはとても出けそうにもなかった事が、一生懸命になると、と言うよりも、信心の喜びを持ってすると出来る。いわゆる、感激道である。私は感激道なんて言葉初めて聞いた。
 昨日、泉尾教会の泉というパンフレットを毎月送ってもらうんです。井上さんという御信者さんが、今あちらにいっております、でこんな送ってきております。それに、この泉尾のですね、先生のお話の中には、もうよう何時も新しい発明言葉が入ってるですね。その点合楽と良く似てる。合楽でも、ほら合楽の者でしか分からないような、例えば色んな言葉がございますね、沢山あります。
 今日もここんところに、感激道という、感激の、感激の道とこう言うのですね。この感激道という、その信心をですね、そのような頂き方。いわゆる信心とは有り難くなるけいこだという事のその、信心によって有り難くならせてもらうという、その有り難いという心でね、あの、事がなされる時に、普通では出来ない事が出来るんです、楽しゅう出来るんです。
 ね、まあ何時も私自分の例を言うて、まあ相済いませんけれども、私の事でもそうです。感激道でなからなけりゃ、ここには座れないです。ただ、8時間も9時間もここにちゃんとここ座っとかんならんという事はね、そこに信心の喜びとか楽しみがなからなければ座っとれる事っちゃない。しかも、これから何十年続くやら、私の命のある限り、私はおかげ頂こうと思っておる、もうそれだけでもへこたれる。
 まあ何時までほんにこげん座っとらなんじゃろか。ところがそれがますます有り難くなって行くというところにです、はあなるほど信心とは感激道だなあと思うんです。ね、信心の感激があればこそ、出来ない事が出来よるのだと、ね。私はその泉というこの本の中から、色々感じさせて頂くんですけれど。大体お話を頂いておりますと、御理解は、合楽の御理解の方が有り難か感じがする「とこ?」の一端書いてある。
 どうも何かこうそれなのにどうしてああ言うおかげが受けられるであろうかと。ほらあもう大変な事ですよね。これに写真がいくらも掲載されておりますが。様々な行事のその、いわゆる写真で報道されておりますよね色々。もうそれに本当にその御本部の御大祭のような感じがあるです泉尾教会だけで。どうしてこれだけ沢山の人が泉尾、泉尾と言うて集まるのだろうか。ただじゃ集まらんやっぱ何かがあるんだと。
 お書物だけを見ておると先生のお話だけを聞いておるとです、大して新しい事も言うておられないしはあ本当にあのここ有り難いな、ここん所が有り難いなと思うような事も、今は頂ききらんのかも知れんけど分からないけれどです、何かがそこに秘められたもの。何かがあるなからなければあれだけの人が集まる筈はないと。ただ宣伝がうまいとか、中々アイディアが良いからと言う様な事だけではないようにある。
 それを私は今日のこの御理解90節からこの、感じ取らせて頂くとです、確かに段々下から上に水を流される働きが出けておるからだとこう思います、ね。42年か、と言うておりますね「教区?」に。あそこが教会が出来まして42年になる。42年間の間にその段々上から下へ、ではなくて下から上への水が流れて来ておる。ただ辛抱して行かれる内に徳を受けられたという事になりますが、ならそれを私共の信心。
 言うならば祈りの内容を持って見ると分かるんです。自分の祈りというものの、内容を検討してみると、その辺が分かる。最近、泉尾の先生の先生が、仰っておられる事の中に、今年という年柄は日本の、まあ維新だという風に言うておられますね。明治維新という、申しました。のに、その日本の維新だと。しかもその日本の維新がですね、世界総氏子の助かりに繋がる事の為の、維新でなからなければならないと。
 日本を見よと、日本の生き方がと言われるような維新じゃなからなければならない。世界の隅々に難儀な氏子が満ち溢れておる。そういう満ち溢れておる難儀な氏子が、ね、神のおかげで助かっていく為には、まずここに日本の維新が必要だ。しかもその、日本の維新は世界の難儀に取り組ませてもらうもんじゃなからなきゃならん。もう全然、私どものお願いとケタが違うという事なんです。ね、
 それからと言うて、なら私が今泉尾の真似をせろって言ったって出来るはずはないですもんね。なら、私もひとつ世界中の事を願おうて言うたって、ただ、口で言うだけなら誰でも出来ますけれども。それが本当に神様に通うような実感として世界の難儀が祈られ、願われるという事がないのです。大変ややこしい、まあ表現って言うか、難しい表現って言うか。こう分からない、こう読みよって。
 まあ私が分かるところだけをです、ちょっと読んで見ましょうか。利他の実践とありますね、利他とは、利益の利と、他はほかという字ですね。いわゆる、自分じゃなくて、ね、自分以外のものが、潤う。自分以外のものが利益を自分以外のものが助かるという事なんです。ね、利他の実践。この先月当たりから、もうあらゆる所にですね、お話の中に使ってある言葉の中に、ニューという言葉が使ってあります、ニューの生活の在り方。この利他の実践の横にそう書いちゃります。ニューの生活の在り方。ね、
 ニューと言うのは新しいという事でしょうが、新しい生活の在り方。いわゆる、まあここでは更なと、こう何時も申しております訳ですね、さらな信心と。さらな信心によっての、信心生活。ニュー泉尾といったような言葉を使っておられるですね。ニュー博多といったような、あれがありましょう、あれと同じ。だから、ここもニュー合楽という事にならなきゃならないですね。ね、言うだけじゃいかん、本当に新たな生き方というものが、そこに実践されて行かなければならん訳です。
 その実践項目とでも申しましょうかね、そういう事の中に、いくつもある中に一つ二つ〔   ?   〕。自利でなく、ね、自分の利でなく、利他〔りのほか?〕、ね。利他でなければならん。利他の実践から初めて人間の幸福が授かる。本当の人間の幸福と言うのは、自分の事だけを願っておるものの中から生まれて来ないち。人の事が一生懸命に願われる信心からしか人間の幸福は生まれて来ない。
 まあこういう風に断言的に言うておられますよね。どうぞ助けて下さい、助けて下さいと言うて、もう神様には自分が助けて頂く事だけを願う事かと思いよったら、そうじゃない、ね。自分以外のものの、例えばこれをなら家族で言うならばです、ね。家庭生活、たった5人か6人の生活の中にですら波風が立っとる。何が元なのかと、皆のいわゆる我慢我力とでもしましょうか。
 お互いの我が張り合えると、張り合うところに、家庭のたった4~5人の生活ですらが思うように行かない。そこんでなら、その家族中の者がですよ、ね、家内は主人の、主人は家内の、親は子供の、子供は親の事が祈れれる、願われる信心になったら、波風は立つはずがないですよね。なるほど、それはそうだな。親として子供が助かっとらなかったら親の助かりないです、ね。子供が病気どもしとるとなら、もう親の方が病気しとるごと難儀である。
 なるほど自分以外の者が助からなければ自分の助かりはないと、こう。利他の実践と、から初め、初めて人間の幸福が授かると。そういう祈りの中、そういう祈れれるような私になった時に、私は神様から授かる事が出来るんだと、おかげを。いわゆるお徳を受けていく事が出来るのだという事にもなりましょう。次には氏子あっての神を拝みきり、頂ききって、神あっての氏子の、生とは生きると書いちゃるね。
 生に徹していくところにこそ、ニュー泉尾の今年の感激道があると書いて。ここんとこに感激道という、あれが見えるですね。ニュー泉尾の今年の感激道がある。氏子あっての神、神あっての氏子とこう仰せられますね。氏子あっての神と、そこんところを初めの間は拝みきって行く。いわゆる、まあ言うならば自分が助からなければならない、自分がおかげを受けなければならないという事なんです。ね、
 そこに、そこんところを頂ききったら次にはね、神あっての氏子、神様あっての私、ね。そこの上のところは、ね。氏子があっての神様というところから、ね、神あっての氏子の生に徹しきって、私どういう意味かわからない、ここんところは。氏子の生とは生まれるに徹しきって行くところにこそ、ニュー泉尾の今年の感激道があると、こう仰るが。まあ、こう私の流儀に思うのは、ね。
 神様あって貴方あって私共がある、ね。神様あって貴方あっての私なのですから、貴方の為に貢献するという意味なのですじゃないかと思う。ね、例えばならこれを夫婦間の事にしてもいいですよね。貴方あっての私ですからと例えば家内が主人に言うならです、ね、もう貴方がなかったらもう私はないのです。ですから私は貴方を愛しきって行きます、貴方を大事にしきって行きますという所に貢献するそこに奉仕する。
 やはりここんところも、だから利他の実践という事になりますかね。神あっての氏子という事、ね。神様、貴方、貴方あって私なのですからという事、だから貴方の為に貢献する、貴方の為に、その奉仕の実践を惜しみませんという事になる。そこからニュー泉尾の感激道が生まれると言うておられますね。そこに授かるものがある訳、感激、感動が授けられる。それはそうですよね、夫婦の中でも、貴方があっての私ですから。
 私はもう貴方の為に奉仕しきりますというところにね、もう親父がもうそれこそ、ぼうけたごと喜ぶに違いないです。ね、家内が自分の為に奉仕する、そこに、なら主人の感動がですね、家内に伝わって行かないはずがないですねやはり、ね。もう一つ読んで見ましょうかね。世界の平和を祈り、その実現の為に喜んで少しでもその中に貢献する事が信仰者にかけられた使命であると言うておりますね。
 信仰者の使命と言うのはそういう、まあ世界とまでは行かなくても、利他。ね、自分以外の者の助かりという事を願う事が、信仰者のこれはもう勤めだと、こう言われる、言う訳なんです。そこで、なら誰かれの為の、誰彼、まあ袖すり合うも多少の縁と申しますから、ね、そういう多少の縁がそこに生まれてきた時です、ね、その人の幸せを願わせてもらう、祈らせてもらうという事がです、信心だと言うのです。
 商売をさせてもらうならば、そこにお客さん。お客さんが喜ばれる事を本気でそこに奉仕しようという。それに、こっちが儲かるこつばっかりしか考えよらんと言うなら、おかしい事になる訳です。自分が損せろと言うてはおられません。ね、こういう風に真心を持って、親切を持って、まっ、他所が10銭のものは8銭で売ってあげるというような生き方になりゃお客さんが喜ばれる。その喜ばれる事を勤めて行くのが信仰者の、これは勤めだと言うておられる訳なんです。
 そういう、これも、これは泉尾教会の独特の言葉ですよね。御神願達成、という事。ね、御神願というは、御、神、〔  〕ね。御と〔  〕神と書いてある。それを御神願は、願いと書いてある。だから、親神様、神様の願いが達成の事の為に貢献する、奉仕するちいう。もう全然、私共の信心の頂き方と違う訳、ね。私がおかげを頂くために神様を使おうと言うのではなくてです、ね、神様の願いが成就する事の為に私共が貢献しようと言うのです。
 ね、まあここの十三日会が本当なものになってくれば、こういう事になって来るでしょうね。神様の願いが成就する日と、十三日とは。だから、それに貢献するのが、ここでは十三日会なんですね。ですから、それがその、理屈で分かるというだけではなくて、日々の信心生活の中に、それが実践されて行く、祈りの生活がそういう方向へ向かっての祈りになって来るという事にならなければです、ね、私の信心は下から上へ水が流れておるという事になって来ないのです。
 下から、下の方から上の方へ水が流れるという事は難しい。なるほど難しいなあ、自分の事を願う事は見やすいけれども、自分と関係のある、ね、ここではもう、関係があろうがなかろうが、世界中の所を言うておられれうけれども、まず私はです、自分に関係のあるもの。家庭で言うならば、ね、親が子供の事を願う事はもう当たり前ですけれども、子供がなかなか親の事を願うというような事はない。
 もう親が喜ぶ事の為に奉仕するんですから、今日一日を本当に親がニコニコして親が喜ぶ為に、喜ぶごたる風に自分は〔おもを?〕させてもらおうという、その思い込みを作らにゃいかんですまずこれは一番身近ですから。それで親が右しよるとを反対左の方をさせちから、親ばモヤモヤさせるというようなもんがお互いの心の中にあるんですよね。そりゃ分かった上ならばそげんも〔しゅう?〕ばってん家の親は分からんから。
 分からんから、かえって反対する。もの言うたって返事もせん、と言う様な事になったんではね、いけない。先日ある若い主人が参って参りました。嫁さんもろうてから、まだ間もない。ところがその、お母さんとあんまりその、気が合わん訳です。全然そのお母さんとものを言わんちいう訳です。その事を神様にお願いさせて頂いて、こうしてお参りを始めさせて頂きましたらです、その翌日ですよね。
 その姑親である、自分の母親である、母とその嫁さんが何か、非常にむつまじゅうして、お話をしながら仕事をしてるち言うんです。もうそん時には本当におかげを頂いて、有り難いと思うたて。ですからね、お互いの生活の中に、そのそういう家庭の雰囲気というものがある時には、そんなに実を言うたら有り難い訳なんですよ。けども、それがスムーズに行きよると、もう当たり前のように思うけれども。
 なら自分の嫁と姑親とがです、ものを言わんなら例えば主人としてもうこんなに、じゅつない事はないですよね。お前の方がお前は嫁子じゃけんお前が言わじゃこて。いや、私は言わんばのち嫁が言うなら、もうどんこんされんです。私はお母さんとは気に入らんと、合わんとじゃから私はもの言わんち。そげな事ではおかげが受けられない。そりけんち言うてから、なら勤めっでん言うという事もまた不自然である。
 何とはなしに、嫁と姑がですたいね、ね、お話を楽しそうにお話をしながら仕事が出けておる。その情景を見てから、さあその主人がね、明くる日参って来てからお礼を言うんですよ。先生、初めてこげな感激を頂きましたと、こう言う。そういうところから、感激ていうものは生まれてくるんですね。昨夜、秋永先生が、お客さんがある難儀な問題に直面してござるので、とにかくその、合楽に参りなさい。まあお導きしようかと思うけど、なかなかお導きして出来るような方じゃなか。
 ところがその昨日、もういよいよ困った事があるらしくてですね、自分の隣寺に偉い坊さんがおられれる訳です。だから和尚さんにこの事を打ち明けて、一つ聞いてもらおうと思って行ったところが、その和尚さんが、さあどっちかも、右とも左とも言わっしゃれん。それでそのガッカリして、いわば暗い、その思いでおられるところへ秋永先生が行って、その話をされるから、いんや貴方がそのお寺さんにでん聞き行こうごたるなら、私のお参りしよる所へおいで、お出でなさらんか。
 明日の朝、朝の御祈念に一緒に連れて行ってあげてもいいですという風に言った所が、そんならもう、それこそ今でも連れてって行ってくれって言われる訳なんです。それで夕べの御祈念に参ってきて夕べ遅うまで、もう本当に何と言うですかね。一言の御理解を頂いてからもうそれこそ付き物が落ちたごたるです。もうこげな楽な道があるこういう有り難いはあ今まではその為に、もう嫁子にでも息子にでもブーとして腹けえとりゃんでけんごと思うて、腹を立てたばってんもう今日からはですね。
 もう心の底からあの人達の言う通りの事がしてやれれると思うたら、もう一遍に有り難うなった。もうそれを繰り返し繰り返しおかげを受けたと言うて帰られました。有り難いですね、教会という所はねそういう助かりの場だと思うんですねお互い。どうにでも出来ない問題が、ね、そこからたす・・・新たな助かられる、それこそニューの道が開けてくるんです。と言うて話をしておりますところへもうずいぶん遅かった。
 そしたら、光昭がこんな格好でスイマセンと言うてからその、パジャマのまま入って来たんです。そしてね、もう実はこういう格好でもちょいと出てこな、出て親先生にお礼を申し上げなきゃおられないと、こう言う訳なんです。ちょうど久保山のところの宅祭りの日がその、一年ちょうどまる一年になったそうですけれども、まあ休む時に毛布一枚で休むという心行をたてた訳なんです。
 丁度その一年間まあ毛布、毛布一枚で休ませてもらったとこう言う。そうでしょういつもころっと毛布体に巻いてから休んとるですよね。それをやっぱ今でも続けておったところが、昨日は修行生部屋に休ませてもらった、末永さんと一緒に。そしたら、その僕の布団をちゃんと取ってあった訳です。ですから、はあ、もうお許しを頂いたんだろうか、お許し頂いたんだろうというので、休ませて頂いたけれどもね、もうそれが布団の中に敷布団をしいて休まれるという事が、もうとにかく有り難うして応えん。
 とにかく感激が湧いてきて、どうにも眠られんごたるもんじゃから、まあ自分で夜中でした、中に起きてきてから、親先生こんなおかげ頂いております言うてからやってきた。ね、皆さんはもう敷布団しいとるような事は当たり前。布団、その上毛布まで、丹前着て休むとがもう当たり前のごと思うとるけれどもです、感激が湧かないならばです、やはり一遍ぐらい毛布一枚で寝てみろうかというぐらいな、私は精進が必要じゃなかろうかと、こう思うです。
 ね、それが一年も続けられたところにです、お布団を頂く事が丹前を頂くという事が、それこそ感激で休まれないぐらいにあった訳なんです。ね、感激道なんです、ね。そういう私はその、いわゆる感激道、信心とは本当に感激の、感動の道であるという風に頂いてです、ね、そこから出来ない事が出来てくる。ね、下から上へ水を流すのは難しい、難しいけどもその難しい事が少しずつでも出来てくる。
 自分以外の誰彼のことがです、本気で祈れれるようになる。ね、それを例えば泉尾教会あたりではです、もう日本国中だけの事じゃない。世界のその事を、先生が一生懸命に祈っておられるから、信者にもその事を言うておられる。なるほど、これじゃ家あたりとは段違いのごひれいが輝くはずだ。そこに私は、はあなるほどと感じたんです。ね、ですから、なら私共が片一方もう四十何年になっとる教会。
 ここはようやく、一年足らずの教会。ですから、それを真似しようと言うて出来ることじゃないけれどもです、どうでしょうか、今日から皆さん、本気でです、利他の為に、ね。おかげが人の為に。商売をしとるなら本当に口で言うだけじゃない、本当にお客さんが喜んで下さる事の為に、私は奉仕しなければならないと思う。もっと身近に言うなら、本気で家庭の中に、さっきの話じゃないですけれども。
 今日は本気で親が喜ぶような生き方になるぞ、思わせて頂く方に。言う事も成すことも、もう親が喜んでくれる、言うならば親の痒かとこに手が届くような生き方にならせて頂くぞという気持ち。これがまあ、私は利他の行だと思う。ね、利他の実践だと思う。まずその足元からです、おかげを頂いてです。ね、段々それが赤の他人の誰彼の事。それが例えば日本国中のことになり、世界の真の平和のことの為にでも、そういう実感を持って祈れれるようになる時です、ね。
 私は成程泉尾の教会のごひれいは、こういう所にそういう元があるんだなという事を感じさせて頂くと同時に、今日私はこの御理解90節からですもう是は限りなく繰り返し繰り返し頂いた御理解でございますけれども、今日は上から下へ水を流すのは見やすいが、下から上へ流すのは難しいと言うておられる。その難しい道も私共がどれだけ実践しておるだろうか、是はとてもとても辛抱して行く内に徳が受けられると仰る。
 徳を受けて行かなければ、下から上に水を流す様な事は出来よう筈はないけれども。そこのおかげを頂かなければ私は。ね、神様の喜んで下さる様なおかげにはなって来ない。辛抱して行く内に徳が受けられる。ただ辛抱して行く内にと言うのは何年何十年間信心しよりますと言うのではなくてです、その一日一日がね、例えば一番自分の身近な所から、その身近なその人が本気で助かる事の為に祈れれる私がです、ね。
 その一年後には隣の人の事が真剣に祈れれる。ね、町じゅうの事が真剣に祈れれる。これは東京の銀座の教会の湯川先生という方のお話の中にも、それがありますですね。東京があの、焼け野原になってしまった、ね、震災で。その時に、もちろん自分の教会も、もう焼け野原にあった、銀座ですから。そん時、その焼け野原に立ってから思われた事はね、何が何でも東京の復興を願わねばというのが、念願だったんだ。ね、
 もうそれこそ、一生懸命の修行は東京都の復興の事だけであったという事。ところが、東京都の復興する前に、自分の教会がこのようなごひれい、おかげを頂いたという事を何かに書いておられるのを呼んだ事がございます。いかにその利他の為にですね。本当の祈りが出来れるようになるという事がです、下から上へ水を流すように実は難しいけれども、それが信心のお育てを頂いて行きよる印なのだから。ね、
 だからまず合楽の方達の場合なんかは、自分の一番関係の深い人達のこと、言うなら、家庭のこと。もうお父さんが右にすりゃ喜ぶ事は分かっとるばってん、わざと左の方にしようち。そういうような事でですね、人間のしかしそういう気持ちがあるんですよ。はあ右ち言いよる事は分かっとるばってん、反対に左の方ばする。ね、じゃなくてそういうところを素直にです、ね、お互いが貢献し合うその事に。ね、
 奉仕し合うそれを家庭本当の拝み会いの生活はそういうような事だと私は思うのです。ね、そこから例えば家庭だけの拝み合いじゃない、自分の言うならば、どういうそれが場合、それは敵同士のようであっても、そこですでに関係が出来たのでありますから。 その関係の意図を辿って、その仇役と思うておったその人の事が、本気で祈れれるような信心にならせて頂くという事がです、ね、
 いよいよ下から上へ水を流して行く事の、まあ第一歩だという風に今日は頂いておるのでございます。そういう、例えばなら生き方がです、段々、一から十、十から百という風に成長して参りまして。そうして行く内に徳が受けられるという、仰るのじゃないでしょうか。徳が受けられるところにです、ね、人の考えでは及びない、及ばない。例えばここに実際の生きた見本というのがありますようにですね。
 泉尾教会あたりが、四十二年にして、とにかく今度、あちらの何億かかって出けたお広前がですね、文化財、文、にまあ指定されたといったような事がここに書いてございますよね。とにかく、その何千、何万の人がその、沢山教会もある中に泉尾、泉尾と言うて集まってくるような今日のごひれいを見る事が出来るようになられたのであると私は思うのです。とても、私共が夢にも思わなかった事が。
 そして実現して行くという事がです、一歩一歩、下から上へ水を流して行けれるだけの信心辛抱がお出来になられたところからです、そういうおかげを受けられた。その中心を成すものは、いわゆる利他。自分以外の者が本気で助かることを願われたというようなところから、おかげを受けておられるのであると。はあ、泉尾の教会のごひれいの鍵はこの辺にあるんじゃないかという風に私は思うた。
   どうぞ。